【論文】ボトルに閉じ込められたガザミ Sato et al. (2026)

フィールドワークの醍醐味は、思いがけない発見があることだろう。野外での発見の中には、自然からの重要なメッセージが隠されている。

2022年7月中旬、私たちは沖縄県瀬底島の沖合で、前回の軽石騒動に引き続き、沖合で漂流物や稚魚の調査を行なっていた。ボートを走らせていると操船する神座さんが何かを見つけた。指さす方向には、白い物体が浮かんでいた。

ボートからの漂流物調査の様子.
© 2026 Hajime Sato. All rights reserved.

慎重に船を近づけ、観察してみると、その正体は半分が水中に沈むプラスチック製のボトルだった。ボトルの周辺には複数の稚魚が寄り添っているのが見えた。私は網でこれらを一掬で採取した。船に引き上げてみると、ボトルとともに4種類の稚魚が採取された。アミモンガラ、ツムブリ、オヤビッチャ、そしてスジハナビラウオである。これらの稚魚は、流れ藻や漂流物に集まる習性を持つ魚類として知られる。

しかし、採取された生物は稚魚だけではなかった稚魚を選別していると、同船していた共同研究者の桑村さんが、ふとこう言った。「佐藤くん、中になんか入ってない?」と。ボトルを振ってみるとガラガラと音を立てる。中をのぞいてみると、なんと大きなカニが入っていたのである。

下半分だけに藻類が付着するプラスチックボトル
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ボトルの中からこちらを睨むガザミ
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そのカニは、ボトルの入り口よりも明らかに大きい。ボトルをひっくり返しても出てこない。ボトルの中に閉じ込められていたのである。まるで井伏鱒二の小説に出てくる山椒魚のように。この悲劇的なカニは、どうやってボトルの中に入り、何を食べながら生存したのだろうか。

そこで、私たちはボトルを実験所に持ち帰り、鋸で切ってカニを取り出した。このカニは、甲羅の幅が88 mm、体重は42 gのメスのジャノメガザミPortunus sanguinolentusだった。ジャノメガザミは、インド西太平洋に生息する肉食性ワタリガニの仲間で、このサイズの個体は海底で生活しているはずである。

ボトルとともに採取されたジャノメガザミと稚魚類
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では、このカニはいったい何を食べていたのだろうか 私は解剖し、消化管の中に残された餌生物を詳しく調べることにした。消化管内容物を取り出し、顕微鏡で観察した。すると、魚類のうろこ・骨の破片・藻類などが見つかった。何らかの形で魚と藻類を食べていたようだ。

さらに、これらの持ち主を正確に同定するため、DNAを抽出し遺伝情報から種を特定するDNA鑑定(DNAメタバーコーディング)を行った。すると、魚類由来のDNAから、オヤビッチャとアミモンガラが同定された。ボトルの周囲を泳いでいた稚魚とぴたりと一致したのである

魚類のうろこ
© 2026 Hajime Sato.
骨片
© 2026 Hajime Sato.
藻類の一部
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さらに、検出された藻類のDNAの中には、ヒラアオノリや褐藻類が含まれていた。ヒラアオノリは海と陸の境界である潮間帯に生息する海藻種であり、類似した環境を再現するボトルの内側に生えていた可能性が高い。つまり、このカニはボトルの中に入り込んだ稚魚と、ボトルの内側の藻類を食べていたのである。

採取時にボトルの内側にはえていた藻類
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では、それだけの餌で成長するのに十分だったのだろうかジャノメガザミは東南アジアでは養殖されるほど水産的価値の高い種類であり、野外における成長や成熟のパターンが詳しく調べられている。中国のホンハイ湾(紅海湾)では、甲羅の幅と体重の関係を表す成長式が求められている。この成長式に基づくと、ボトルの中で見つかったカニは、野生の個体よりも肥満度が高い(実測42 gで、式から推定される重量37 gよりも重い)。

さらに、この個体はジャノメガザミのメスの最小成熟サイズを超えていることも判明した。そこで、生殖腺(卵巣)を取り出し、組織学的な観察を行った。卵巣を薄く切り出して染色し、卵母細胞の形状と大きさを顕微鏡で観察するのである。すると、卵巣にはすでに成熟の開始を示すステージの細胞が見つかったのである。つまり、このカニは餌を十分に食べ、成熟が始まるほど栄養状態が良かったのである。

栄養状態の良いメスのジャノメガザミ
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このカニの驚きの生命力が明らかになってきただろうでは、どのように侵入し、どれくらいの期間をボトルの中で過ごしたのだろうか?

実はワタリガニの仲間も、稚魚と同様に「稚ガニ」の時期を流れ藻や漂流物に乗って遠くまで分散する生態を持つ。この生態こそが、ボトルと出会うことを可能にしたのだ。大阪湾では初夏(6〜7月)にジャノメガザミの稚ガニが流れ藻から見つかる。そして今回のようなサイズの個体は、秋口(8〜9月)に海底から見つかる。稚ガニの時期にボトルに侵入したとすれば、1から2ヶ月かけてボトルの中で成長したと推測することができる。

漂流物から見つかるワタリガニの稚ガニ
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一方で、漂流期間の推定にはもう少し直接的な手掛かりがある。ボトル表面に付着した生物の成長速度から推定する方法である。漂流物には様々な生物が付着するが、付着生物が多いほど漂流期間が長いことは想像しやすいだろう。付着生物の代表的なものがエボシガイ類である。今回のボトルの表面には、カルエボシLepas anseriferaが158個体付着していた。最も大きい個体の殻長は20.7 mmだった。カルエボシの成長率と水温には一定の関係が知られており、その成長率と沖縄周辺水域の水温を照らし合わせると、最短の漂流期間は62日間と見積もられる。大阪湾における成長パターンからの推測とも大まかに一致するのだ。

ボトル表面に付着するカルエボシ
© 2026 Hajime Sato.
カルエボシ拡大写真
© 2026 Hajime Sato.

以上から、このジャノメガザミは稚ガニ(あるいは幼生)の時期にボトルへ侵入し、ボトルの中に入り込んだ稚魚や内側に生えた海藻類を食べながら、約2ヶ月間にわたり漂流しながら成長して、ついには脱出できなくなったのである。

このカニが、太平洋のどこでボトルと出会ったのかは不明である。しかし、ボトル表面の印字や加工の痕跡から、このボトルが2021年の11月に製造された紹興酒のボトルであることまで特定することができた。このボトルは、おそらく西部太平洋のどこかで投棄され漂流を開始し、漂流の経路で稚魚類とカニを宿し、海流と海上風によって最終的に瀬底島まで運ばれてきたのだろう。

今回のボトルは高密度ポリエチレン(HDPE製)で作られており、自然界では28年以上も形を保ったまま残ると言われている。太平洋には膨大な量の漂流ごみが存在するとされ、今回のような悲劇的な出来事は偶然ではない。実際に、全く同じ例と思われるものや、ヤドカリがプラスチック容器に捕まり脱出できなくなる事例が各地で報告されている。こうした状況はプラスチック製品が増えた現代の問題とも言える。

今回の発見から、私たちはボトルの中に閉じ込められた小さな生物からの無言のメッセージを受け取り、豊かな海洋環境を後世に残していくためには何が必要かを考える必要があるだろう。

論文情報はこちら:
Hajime Sato, Yoichi Sakai & Tetsuo Kuwamura (2026). Swimming crab in a bottle: A two-month drift on the ocean surface while entrapped. Ecosphere. Link

本研究は、様々な方による技術的サポートを受けました。また、研究の一部は笹川科学研究助成(日本科学協会)とJST科学技術振興機構(広島大学大学院リサーチフェローシップ制度)の支援を受けて実施されました。沖合での生物採取は本部漁業共同組合の許可を得て実施されました。この場を借りて感謝申し上げます。

沖合でボートから漂流物と稚魚を探す
© 2026 Hajime Sato. All rights reserved.

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